【非認知能力を育む】

 【非認知能力を育む】

 

 皆さんこんにちは。

 今年も残りわずかとなってまいりました。一年は本当にあっという間ですね。

 愛媛もだんだんと紅葉が綺麗になってまいりましたし、秋晴れの気持ち良い日差しのなかお出かけでもしたいなと思う今日この頃です。

 

 さて、今回は、今年の3月にホームページに書かせていただいた時に触れた「非認知能力」についてお話していきたいと思います。「非認知能力」という言葉を初めて目にされる方もいらっしゃるかと思いますが、今や世界的にも知れ渡り、2,3年ほど前から日本の保育界でもトレンドとなっている言葉です。

 

 そもそも「非認知能力」とは何か、ということなのですが、これは以下のような能力を指しています。

 

 〇自己認識(自分に対する自信がある、やり抜く力がある)

 〇意欲(やる気がある、意欲的である)

 〇忍耐力(忍耐強い、粘り強い、根気がある、気概がある)

 〇自制心(意志力が強い、精神力が強い、自制心がある)

 〇メタ認知ストラテジー(理解度を把握する、自分の状況を把握する)

 〇社会的適正(リーダーシップがある、社会性がある)

 〇回復力と対処能力(すぐに立ち直る、上手く対応する)

 〇創造性(創造性に富む、工夫する)

 〇性格的な特性(神経質、外交的、好奇心が強い、協調性がある、誠実)

 

 「これが何なの?」ということなのですが、「非認知能力」のような人間の気質や性格のような特徴を育むことが、実は子どもの将来に大きな影響を与えるということが分かってきたのです。

 

 どうしてそのようなことが分かったのかというと、アメリカでペリー幼稚園という幼稚園を作り調査をしたのです。ペリー幼稚園の特徴としては、子ども5、6人に対して一人の保育者が見れるよう保育者数を手厚くしたこと、保育者が大学院を卒業していること、週に一回家庭訪問があること、カリキュラム的(読み書きや算数等)な保育を実践したことなどがあげられます。その後、ペリー幼稚園に通った120名ほどの子どもとそうでない子どもとの人生を4,50年追跡して、比較しました。

 その結果どうなったかというと、傾向として、ペリー幼稚園に通っていた子どもの方が、大人になってからの学歴や年収、就業形態(社会的地位)などが高かったのです。また、学校を中退したり留年する数も少なく、成人初期までに多くの人が大学に入り、多くの人が雇用されたとされています。更に、犯罪を起こしたり、生活保護を受けたり、麻薬を使ったりする人数も少なかったというのです。

 

 アメリカという国はなんとまぁ、スケールの大きい研究をしますね。ある意味これは人体実験の一部とも捉えられますので日本ではおそらく難しいと思うのですが、まぁやることが違いますね。

 

 また、ペリー幼稚園プログラムにおいて、もう一つ重要な調査結果を得ることができました。それは、幼児期の「認知能力」つまりIQとか学力テストで計測できるような力は、教育により一時的には伸ばせるものの、その効果は長期的には継続しないということです。

 具体的に言いますと、4歳児の男の子で普通の幼稚園に通っている子どものIQは83か4程度ですがペリー幼稚園で教育を受けた子どもたちのIQは95程度となっていました。しかしその後、8歳頃から男の子では逆転し、女の子も数値的にそれほど差がなくなっていったのです。つまり、幼児期に読み書きや計算などで培われた様々な力は長くは継続しないということが立証されたのです。

 

 さらに、他の研究によっても「非認知能力」の重要性が示されました。例えば、「マシュマロ実験」と呼ばれる有名な実験では、「自制心」の重要性が指摘されました。この実験では、4歳の子どもにマシュマロを差し出し、「いつ食べてもいいけど、大人が部屋に戻ってくるまで我慢出来たらマシュマロを2つ食べれるよ」とだけ伝えて大人は部屋を出ていきます。この時、大人がいつ帰ってくるかは子どもは知りません。そして大人が戻ってくるまで我慢できた子どもとそうでない子どもの人生を追跡調査しました。その結果、大人が戻ってくるまで我慢できた子どもの方が、高校での試験の成績がずっと高かったのです。

 

 また、別の研究では、「やり抜く力」を調査しました。心理学の研究で、いくつかの質問に答えるとその人の「やり抜く力」が測れるのですが、「やり抜く力」がある人ほど、過酷な状況にあっても成功を収める確率が高かったというのです。そして「やり抜く力」という気質や性格は、その人の才能とは相関関係がないということが示唆されています。つまり、才能がある人に「やり抜く力」があるわけでもないですし、「やり抜く力」がある人に才能があるわけではないということなのです。個々人の才能と「やり抜く力」は関係ないということですね。

 

 こうした「非認知能力」の大切さが研究によって明らかになり始め、保育の世界においても様々な影響を与え始めました。とは言っても、これらは今まで日本の保育でしてきたこと、大切にしてきたことなのです。ただ、それが具体的にどういう結果をもたらすのか、どういった意味があるのかということを示すことはできていませんでした。なんとなくと言ったら失礼ですが、感覚的にと言いますか、先人の知恵として日本の保育で大切にしてきたことが、より信ぴょう性をもって証明されたということなのです。

 

 ただし、「非認知能力」のいくつかは後天的(生まれた後)に育てることができるとされていますが、どのように保育の中で、遊びを通して育てていけば良いのかという点については今後も考えていかなければいけません。「将来、より成功する人になるために、マシュマロを我慢しなさい」と言っても子どもには通じません。それと同じように、単に「我慢しろ」とか、「最後まで頑張れ」というのは、子どもたちの発達には沿っていないと思うのです。さらに言えば、経済力があるとか社会的地位が高いとか、成功をおさめやすい人が必ずしも幸せなのかというのも問題もあります。

 

 考えれば考えるほど保育って難しいなと実感するのですが、幼児期の教育が一人ひとりのその後の人生に大きな影響を与えるということは間違いありません。そのため、保育業界では今、「保育の質」について盛んに議論がなされています。いろいろな意見があるのですが、私としては、やはり「子どもたちが自分で伸びる力をどれだけ支えられるか」ということが保育の質だと思うのです。怪我をしないように、危険がないようにすることも大切ですし、効率的に、トラブルが起こらないように子どもに答えを教えることも必要かもしれません。ですが、それでは子どもの伸びる力を支えることにはなりません。答えを教えることは簡単です。答えを導き出させることの方が余程難しいと思います。しかし、子どもにとって大切なことは自分で答えを導き出すことではないでしょうか。「自制」する、「やり遂げる」ことの意味や大切さを教え込んでも、本当の意味で「自制」したり「やり遂げ」たりする気持ちが育たなければ、「我慢してればいいんでしょ」、「とにかく終わらせればいいんでしょ」と悲しい結果になりかねません。紆余曲折、試行錯誤して、失敗と成功を重ねた末に、「今自分はどうすべきか」、「自分がどうしてやり遂げたいのか」を考えながら適切な行動をとれる、言い換えれば「自制心」や「やり遂げる力」が育つことになると思うのです。

 皆さんのお子さんがそのような姿になるのは、まだまだ先のことかもしれません。人が育つというのはとっても時間がかかることです。私がもし誰かに「自制心ややり遂げる力が育っているか」と問われたら、「成長中です」と答えるでしょう。皆さんならどう答えますか?

 時間のかかることならば、焦らず、ゆっくりと子どもが成長する様子を楽しめばよいと思うのです。

 大人だって成長するわけですので、3、4、5歳さんはこれからグングン育ってくれることでしょう。その姿を見せてくれるだけでも嬉しいものですね。

 

 

松山東雲短期大学 保育科

講師      浅井 広